古流探究録 「追風」

英(はなぶさ)です。
古流探究録、十本目――『追風』をお届けします。

四月も終わり、舞い散っていた桜も、いつしか葉へと姿を変えました。
本来であれば、この景色の中でお届けしたかったのですが、筆が進まず、少し遅れての掲載となります。

その点はご容赦ください。

さて今回の業は『追風』。
風に乗るように間を詰め、機を逃さず斬り込む――
静から動へ、一気に流れ込む一刀です。

まずは理合から見ていきます。


■理合(原文)

敵前方に逃れ去らんとするを
小足にて追い進みて斬り付け勝の意なり


■ 動作(要点抜粋・口語訳)

正面に向かって直立し、両手を柄にかける。
鯉口を切りながら腰を落とし、やや前に体を屈める。

そのまま右足から「小足」にて前進し、間を詰める。

機を見て右足を大きく踏み込み、
一文字に抜き付ける。

直ちに左足を踏み込みつつ諸手上段に振りかぶり、
さらに右足を踏み込んで真向から斬り下ろす。

納刀は『月影』と同様の要領で行う。


■はなぶさ 注意点

この業は、刀に手をかけた状態から「小足」にて間を詰めていく点に、本質があります。
不用意に大きく踏み出すのではなく、相手に機を与えぬよう、間を支配しながら詰めることが重要です。

小足の基準について明確な定義はありませんが、稽古においては通常の歩幅の半分程度を目安としています。
歩幅を抑えることで、体勢の崩れを防ぎ、次の踏み込みへと繋げやすくなります。

また本業には、
・抜きかけながら追い詰める方法
・間を詰め切ってから抜く方法
の二通りが見られます。

啐啄会においては、追い詰める過程ではあえて刀を抜かず、機を見て最後に抜き付ける形を重視しています。
これは、無駄な動きを抑え、最も確実な間合いで一刀を通すためのものと考えられます。


■ 探究録

この業の異質な点を挙げるとすれば、
「敵前方に逃れ去らんとするを」にあるでしょう。

これまでの業は、敵の殺気を察し、機先を制して斬る――
いわば対峙の中で勝負が始まるものでした。

しかし本業では、敵はすでに前方へと退こうとしています。
この一点に、大きな違いがあります。

ではなぜ「逃げる敵」なのか。

力量差を悟って退いたのか。
あるいは一度打ち込み、機を外して離脱しようとしたのか。

想定はいくつも成り立ちます。

その中で私が考えるのは、
この業が「切り取り」によって成立しているのではないか、という点です。

私たちは業を通じて、先人が何を伝えようとしたのかを読み解いてきました。
その観点に立つと、『追風』を単に
「逃げる敵を追って斬る業」と捉えるだけでは、意図を取り違える可能性があります。

業の成り立ちにはいくつかの形がありますが、
本業は既存の流れの中から一部を抽出し、再構成されたものと考えられます。

その原型として思い当たるのが、
太刀打之位 一本目『出合』です。

『出合』では、互いに間を詰め、抜き合わせたのち、
敵が退くところを追い、討ち込む形となっています。

流れとしては、
「迫ってくる敵」→「抜き合わせ」→「敵が退く」→「追って斬る
という一連の攻防です。

これに対し『追風』では、
この流れのうち「抜き合わせ」に至るまでの過程が省かれ、
「敵が退く」→「それを追って斬る」局面のみが表現されています。

つまり『追風』とは、『出合』という流れの中から、
“退く敵を追う瞬間”を切り出した業であると考えられます。

単体で完結する業というよりも、
太刀打之位『出合』へと連なる一場面を独立させたもの――
そのように捉える方が自然でしょう。

本来は二人で行う攻防を、
一人稽古として成立させるために再構成された業。

そう考えることで、動きの意味はより明確になります。

したがって稽古においては、
単に逃げる敵を追うのではなく、
敵が刀に手をかけ、我と同じく迫ってくる状況をまず想定すべきです。

そして打ち合いののち、刀が触れたその瞬間に敵が退く――
その流れを内に描きながら間を詰めることが重要です。

その意識を持つことで、
形だけでなく、業としての気迫もまた伴ってくるはずです。

追うのは敵にあらず、その機なり。

教本や動画を通して見えてきたものもありますが、
最終的にそれを掴めるかは、やはり稽古の中にあります


■英より

もし居合や刀について疑問があれば、
気軽に送ってください。

ひとつひとつ、丁寧に考えていきます。

▶ 英の居合質問箱
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